一から学ぶ電力自由化(第九回)電力自由化は、どこへ行く

電力自由化は、誰のために

全9回に渡って電力自由化に関する記事を書かせていただきましたが、いよいよ最終回です。日本の電力自由化は、どこに向かうのでしょうか。

平成30年3月現在、500社近い新電力が日本に誕生しました。

この新電力事業者たちは、今後、どのようにビジネスを展開していくのでしょうか。しかし、この問題を論ずる前に、競争環境があまりに整理されていないという事情があることも事実です。その最たる例が、電力の安定的な調達に関する問題です。

 

2017年12月から2月にかけて、全国的にJEPX価格が高騰し、50円/kWhを超える時間帯も現れました。調達をJEPXに頼る多くの新電力事業者は、この市場高騰時期だけで1年間の粗利の大半を失ったそうです。下記は2月7日の中部以西の市場価格です。平均的に、10円〜12円程度で市場価格が推移していることを鑑みると、明らかな高騰であることが伺われる。こうした高騰が、特に今季は頻発しています。


(2月7日JEPX価格 中部以西)

しかし、この価格高騰は極めて不自然なものでした。なぜなら、現在、日本の大手電力会社たちの販売シェアは大きく新電力によって削られている状況なのです。東京電力は、新電力によって高圧で24.0%、関西電力も28.4%と相当にシェアを落としています。

このような中で、大手電力会社の発電部門は発電所の電力は、大きく余剰となるはずであり、これらが市場に売り入札にかけられれば市場は取引に十分な量の電力を備えることができ、高騰が発生する可能性は低いはずです。本来、2005年に日本卸電力取引所は開設された、新電力にとって唯一の「電力調達市場」でした。当市場で取引される電力は、多くが旧一般電気事業者の余剰電源であり、原則的に低廉な価格で市場に売り入札がなされています。もちろん、時に電力需給状況が逼迫する時には価格が高騰することもあるが、酷暑、寒波の際にはそれらは一過性の事象に過ぎませんでした。そもそも新電力の多くは、発電所を自前で保有しません。新電力は「小売事業者」であるため、電力販売の競争において多額の費用と人員を要する「発電事業者機能」を具備することは、需要家への利益最大化の大きな障壁となるからです。

このJEPXが新電力の味方ではなく、むしろ利益性を大きく損なうために作用してしまうのでは、それは本末転倒ともいえましょう。電力自由化は、新規参入者が一定の利益を得るための仕組みが裏付けされていなければ、結局「餅は餅屋」で、旧一般電気事業者が圧倒的に優位のまま、新電力に体力勝負をかけてきて、高い参入障壁を構築することとなってしまいます。イギリスではOFGEMのような監視機関が存在することで、大手有利の仕組みを作らないような施策を講じていますが、一方、日本の電力・ガス取引等監視委員会は、現状、大手有利の市場の状況に有効な策を講ずることができていません。

 

こうして見ると、日本の電力自由化は、イギリス型よりはドイツ型に近いという印象です。ドイツの電力自由化は、実施当初から躓きました。その原因は、「発送電分離」の実現手段でした。日本と同様に、ドイツの新電力も、新たな送電網を自らの手で建設することはコストがあまりにも掛かりすぎるために行わず、大手電力会社所有の送電網を一定の託送料金を支払うことで使用していました。このため、電力自由化における競争を公平に促進する大前提して、託送料金の適正化は極めて重要な要素でした。しかし、ドイツは発送電分離を非常に緩やかな制度にし、厳密な分離を求めませんでした。結果、ドイツの送電会社は、大手電力会社のグループ会社のままでした。送電会社は、大手電力会社の傘下として、新規参入事業者に対して託送料金を高めに設定することが事実上可能だったのです。ドイツ政府がこのような大手電力会社有利の制度とした背景には、電力の部分自由化を経由することなく、一気に全面自由化に進むことに対して、電力業界からの猛烈な抵抗があったことが挙げられます。ドイツ政府はそれを強引に押し切ったため、交換条件として制度の大手電力会社よりの運用を許したのです。

こうして託送料金で優位な立場を得たにある大手電力会社はさらに全国規模で戦略的に電気料金を低く設定しました。高額な託送料金を設定することで新規参入事業者の電力調達コストを引き上げつつ、その一方で自らは出血覚悟の低価格戦略を実施。新規参入事業者にとっては、不公平極まりない参入障壁でした。ドイツでは電力の全面自由化後、100社を超える事業者が新規参入しましたが次々と廃業へと追い込まれました。2005年には大手電力会社の傘下に収まっていない新規参入事業者はシュタットベルケを除くと、わずか6社まで減ってしまったほどです。

 

このように、電力の自由化の行方は電力システム改革の動向に大きく左右されることになるでしょう。もしドイツの電力自由化に近いとすれば、多くの新電力は淘汰の波にさらされることになるでしょう。もちろん、政府が新電力に一方的に利益を与えたくないために実施するというよりも、一定期間は大手電力会社に利益を出すようにして、発電・送電部門を守り安定供給を崩さぬようにすることを優先させる、という国策を重視したということができます。ドイツの国策は、電気料金引下げではなく、脱原発・再生可能エネルギー導入拡大を目的としていました。日本の電力システム改革の重要論点も、ドイツと同様に再生可能エネルギー導入拡大・総括原価方式廃止後の送電部門の安定体制維持だと考えられます。「新電力を支援して電力料金を低くし、大手電力会社のシェアを削って、新電力会社が利益を上げること」が政府の考える電力自由化の主眼とばかり思っていると、大きく読み外すことになるのではないでしょうか。

しかし、電力自由化は誰のためか、という根本的なテーマに立ち返ってみると、それは国民のためであるはずです。私たち一人一人が、エネルギーの供給元を選ぶことができるという時代にあって、信頼できる会社をきちんと考えて採用していくことが求められています。