一から学ぶ電力自由化(第一回)意義編

電力自由化

1 電力自由化は必要か

 電力自由化とは、これまで一部の電力会社に独占とされてきた電気事業の市場参入規制を緩和し、市場競争を導入することです。

 具体的に電力の自由化に伴い行われることとしては、次のとおりです。

  1. 発電の自由化(誰でも電力供給事業者になることができる)
  2. 小売の自由化(どの電力供給事業者からでも電力を買えるようになる)
  3. 送配電の自由化(誰でもどこへでも既設の送・配電網を使って電気を送配電できるようになる)
  4. 発送電分離(既存の電力会社の発電部門と送電部門を切り離し、競争環境を整備する)
  5. 電力卸売市場の整備(発電所を持たない電力小売事業者でも電力を調達することができる)

 この電力自由化によって期待される効果として、電気料金の引き下げや電気事業における資源配分の効率化を進めることが挙げられます。

 ここで、よく「では、これまでの電力会社による独占制は誤りであったのだろうか」と質問されることが多いのですが、決してそうではありません。電力事業には規模の経済があると考えられてきましたし、現に規模の経済が適用される時代もありました。東京電力の設立者にして、東邦電力(現・中部電力)社長であった「電力の鬼」松永安左エ門氏も電気のようなインフラ事業は「合理的な体制で、最も経済的に」運営することが課題であると指摘していました。結果、多くの国で電力会社に地域独占を認め、その代わり料金を規制してきたという背景があります。

2 「王政」だった電力事業体制

 日本では1886年に日本初の電力会社である東京電灯が開業し、次いで1887年には名古屋電灯、神戸電灯、京都電灯、大阪電灯が設立されます。エネルギー需要は石炭に偏っていた時代です。電化は急速に進みました。それに伴い新規参入の事業者も爆発的に増え、一時電力会社は800社を超えます。その後、電力過剰による電力会社再編、関東大震災、第二次世界大戦を経て、政府主導により1951年5月1日には9電力会社が発足しました。以後60年以上に亘る「王政」の時代が始まります。

 しかし、少数の電力会社による独占という構造は、産業の硬直化というデメリットも内包していました。日本の場合、北海道は北海道電力、関東は東京電力と、エリアごとに電力会社が設立されその地域の発電・送配電・小売の全てを独占的に行うという、いわゆる「10電力体制」です。この10社は、原則的には隣のエリアには電力を送り、その地域の需要家を顧客にすることはありませんでした。つまり、その地域の「王」として確固たる王政を築くことができたのです。

 また、この「王」たちには電気というインフラ産業を扱うという特性から、特別な料金の決め方が許されました。それが、総括原価方式です。総括原価方式は、公共事業の料金を設定するときに用いられる方法で、原価を基準にして、効率的に事業が行われれば損をしないように利潤などを含めて計算する料金の決め方です。つまり、最初から総収入と総括原価が釣り合うように計算した上で料金が決められるのです。この総括原価方式によって、電力事業者は損失を生じることがなくなり、安全性やサービス向上のため長期的な設備投資への将来の利益がある程度確約されるので、中長期的な経営計画を立てることができるなど、大きなメリットを享受します。一方、経営効率化のインセンティブが働きにくくなり、原価に関する情報が電力事業者しか把握できない、過剰な設備投資が行われる可能性があるなど、いわば電力事業者の胸先三寸で電力料金が決定されかねないという問題も孕んでいました。

 そのような中、1989年にイギリスで電力の自由化が始まりました。イギリスでは電気事業は国営の電力会社が独占的に行っていたのですが、過剰な発電設備の建設、割高な燃料の使用、経営コスト削減意欲の低さなどから経営効率が非常に低いとされていたのです。ここにサッチャー政権はメスを入れ、競争原理の導入を目的に電気事業の再編を行いました。この、いわゆる規制緩和の波はイギリスから世界中に広がり、アメリカ、ドイツ、北欧などの欧米諸国、中国、韓国のアジア諸国において2000年までに電力自由化が進むこととなります。そして2000年には日本も一定以上の電力を使用する大需要家(2,000kW以上で受電する特別高圧需要家)だけを対象とする、という制限付きで民間の電力会社(以下、PPS=Power Producer & Supplier)による電力供給が認められたのです。その後、販売対象は徐々に緩和されていき、オフィスビルやスーパーマーケットくらいの規模でもPPSは電力を供給できるようになりました。そして、2010年頃までにPPSは50社を数えるほどになりました。しかし、東京電力をはじめとする大手電力会社は、一般家庭や小規模店舗など、いわゆる「低圧」の電力需要家に関しては依然として独占が許されていました。電力会社の利益の源泉であったため、既得権益として電力会社が低圧自由化に対して猛反発していたのです。

 電力会社は先に挙げたように地域の需要家に独占的に電力を供給し、またその原資を圧倒的に有利な総括原価方式によって徴収することができます。そのため、政治団体としても無視できる立場ではありません。そのため、大手総合商社の幹部にあっても「日本では電力自由化が一般家庭にまで及ぶことは、2100年になってもあり得ない」と評するほどで、それが当時の常識でした。

 しかし、この絶対王政が崩壊する出来事が、誰にも予期しない形で発生したのです。それが、2011年の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故と、それに伴う電気料金の高騰です。

3 東日本大震災と絶対王政の崩壊

 福島第一原子力発電所は、地震発生時に運転していた3基の原子炉が全て安全装置の自動起動により停止し、地震発生から1時間後に到来した大津波により非常電源が使用不能となり、燃料棒から発生する余熱をとって原子炉を冷却することができなくなりました。このため高温になった燃料棒と水との反応で水素ガスが発生し、その爆発により原子炉建屋が破壊され、破損した燃料棒の中から放射性物質が大量に外界に放出しました。これは1979年のアメリカ・スリーマイル島原子力発電所事故、1986年のソビエト連邦(現ウクライナ)・チェルノブイリ原子力発電所に続く、重大な原子力事故として世界に記録されることになりました。大出力の原子力発電所が同時に複数基停止したため、東京電力と東北電力では供給可能電力が不足し、3月14日から、供給不足に陥ると予想される時間帯に地域を区切って順々に停電させる、輪番停電を実施しました。周知の方法や区割り等を巡って混乱が発生したほか、停電に伴って社会活動全般に影響が生じました。また、社会への影響はこれだけに留まらず、大規模な電力料金の値上げという事態も招きました。東京電力が2012年4月に企業向けの電気料金を値上げして以降、10社のうち7社が値上げを実施しました。中でも原子力と石油火力の比率が大きい北海道電力と関西電力は2回の値上げを余儀なくされたのです。その結果、震災以降、電気料金の平均価格は、家庭向けの「電灯」が25.2%、オフィスや工場向けの「電力」は38.2%も上昇しました。家庭はもとより、企業や自治体の多くが電力コストの負担増加に悩まされる状況になりました。電気料金の上昇によって国民の負担は増加し、2014年度に電力会社10社が電気料金から得た収入は合計で17.3兆円にのぼり、4年前の2010年度と比べて2.9兆円も増加したことになります。

 これらの経緯から、国民もさすがに電力会社の独占供給体制が正しいのか、疑問を抱くようになりました。特に説明なく値上げを要求されたら支払うほかなく、また原子力発電の電気を供給されたくないのに強制的に送られてくる。こうした今まで意識することのなかった「電力会社を選ぶ権利」を国民側からも望む声が大きくなってきたのです。原子力発電所の事故を起こし安全神話を崩壊させ、大幅な値上げを余儀なくされた電力会社に、もはや「自分たちに電力を任せておけば安心だ」として電力小売全面自由化に反対する立場を維持し続けることは難しくなったのです。そして、遂に2016年4月以降、日本において電力小売全面自由化を達成しました。

[図1] 電力自由化の流れ
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4 自由化の意義は「自由」と「責任」の移譲

 こうして、電力小売全面自由化後の日本において、需要家である国民は自分が使用する電気の供給元を、自分の基準で選ぶことができるようになりました。それは、これまで売り手である電力会社が、買い手である需要家の意思を汲み取る必要がないという構造が崩れたことを意味します。電力会社は、電力の価格はもちろんのこと、環境価値、サービスの付加価値、あるいはブランド意識などを需要家に示し、選ばれなければなりません。そして、需要家も電力会社を選んだ際の責任を負うことになります。具体的には、価格が最も安いことを優先させてプリペイド式(前払い)の電力会社を選んだはいいけれど、数ヶ月後にその電力会社が倒産して電力料金が返ってこなくなる、ということもあるでしょう。環境価値を優先させて、再生可能エネルギー100%の電力を選んだけれど、年々価格が上がっていくということも考えられます。需要家は、電力会社を自由に選ぶことができるようになった反面、電力会社に対して不平や不満を言い続けることもできなくなったのです。

 電力自由化の意義は、実は単に需要家の電気料金が安くなる、より良いサービスが期待されるといったバラ色の未来なのではなく、電力会社を自らの視点と責任で選ぶという「自己責任」に時代が到来したことにあります。確かに、電力自由化の狙いは市場競争を通じて電気料金を引き下げることですが、自由化により電気料金の低減に成功した国は今のところないのが事実です。むしろ、自由化で先行する英国やドイツでは電気料金が急激に上昇しており、自由化されていない日本の電気料金を上回るなど、期待されていた電気料金の低下は全く起きていません。

 それでも、電力自由化が求められたのは、なぜでしょうか。それは、電力会社同士が自己の強みを活かして競争を活発化させることで、電力会社自身が需要家に選ばれるためにはどのような電力事業を行うべきであるかを模索し、苦労しながら一歩一歩と学ぶことに大きな意義があるからではないでしょうか。真の競争とは、単なる価格競争に非ず。需要家に選ばれ続ける絶対的な信頼を電力会社が獲得する大きな機会であり、その競争なのです。

 日本における電力の自由化が、どのような方向に進むか。それは、電力会社が決めるのではなく、選ぶ需要家の皆様が決める問題であるのかもしれません。